聡はまだしも、瑠駆真はどちらかというと自若的だ。時折力強さを見せる事もあるが、相手を威圧するほどではない。なのになぜだろう? 今は相手に劣らないほどの圧倒感を漂わせている。
「そんな意味深な言い方されたら、誰だって気になるだろ?」
「気になったって、聞いていい事と悪い事ぐらいあるんだよ。それがわからないのか?」
「っんだよ。人をバカにしやがって」
「バカにされたくなかったら、余計な頭を突っ込まないでくれっ!」
「っんだとぉぉぉっ!」
聡が瑠駆真の胸倉を掴む。
「ふざけんなよっ!」
「ふざけてるのはそっちだろっ!」
「いい加減にしてよっ!」
床に向かって怒鳴る美鶴の声に、双方グッと言葉を飲む。
「喧嘩するなら出てってよ」
チッと舌を打ち、手を離す聡。乱れた制服を適当に直す瑠駆真。
「悪いのは瑠駆真だからな」
ドッサリと身をソファーに投げる。
「瑠駆真が意味ありげに隠し事なんてするから、こんな事になるんだ」
「隠し事なんてしてない」
「してるだろ?」
まだ燻る二人の態度に、美鶴が当て付けのようにため息を吐く。
「アンタ達、まだやる気?」
そんな美鶴へチラリと視線を投げ、目の前の菓子袋を鷲掴む聡。
「だいたいさぁ こんな何考えてるかわかんねぇ男の言う事なんて、信用できねぇよ」
「わけわからないって、どういう意味だよ?」
「意味ありげな言い方しながら、大事なところは隠しやがって。俺はそんな事はしないぜ。そんな卑怯でムカつくような隠し事はしない」
「君には関係のない事なんだ。なんだよ、卑怯でムカつくって?」
「そうだろ? 自分は何もかもわかってるみたいな顔して俺の事を見下しやがって」
「それは君の被害妄想だ」
「あぁはいはい、どうせ俺はバカだよ。馬鹿で能無しで、お前みたいな嘘も隠し事もできないからなっ」
「なんっ」
なんだとっ と叫びそうになり、だが瑠駆真は寸でのところで言葉を飲む。そうして、ゆっくりと、改めて口を開いた。
「隠し事をしてるって言うなら、そっちだって同じじゃないか」
「あん?」
乗り出す聡を見下ろし、まだ立ったまま腕を組む瑠駆真。
「京都の夏」
途端に目を見開く聡。それは美鶴も同じ。
「はぁ?」
「京都で、何してた?」
美鶴と霞流慎二が京都で何をしていたのか。それはそれでもちろん気になる。だが――――
なぜ聡は、霞流慎二と美鶴が京都に居たのを、目撃しているんだ? なぜ聡はそれを、知っている?
自分はまったく知らなかったというのに。
自分は知らなかったという事実。ましてや聡に教えられたという事実が、大きな劣等感となって瑠駆真を襲う。
夏。
自分だけ取り残された夏。
「君は京都で、何をしてたんだ?」
「お前には関係ないだろう?」
「君がそれを言う?」
口元を歪め、半眼で見下ろす瑠駆真。
「お前には関係ない」
そうだ。親父や義父の事など、コイツには関係ない。空手や、小さい頃からの蟠り。時折耳の内に木霊する母の声や、己を抑えられない自分など、コイツにどう関係してるんだ?
だが聡の言葉に、瑠駆真は大きく笑う。
「人の事はさんざん貶しておきながら、自分の事となるとそれか?」
「お前には関係のない事なんだよっ だいたい、何で突然、京都の話が出てくるんだよ?」
「僕が聞きたいと思ったからさ」
「聞きたいと思ったら聞くのかよ?」
「聞くよ。君だってそうだろう?」
「なにっ!」
「やめてっ 聡やめて」
短く制する美鶴を睨み返し
「俺が悪いのかよ?」
「どっちが悪いって問題じゃない」
「でも俺を止めるのか?」
「聡が瑠駆真に突っかかるからでしょ?」
「だいたいコイツが、聞いただの聞かないだの、ワケわかんねぇ事を言うからだろ」
「君には関係ないって言ってるだろっ」
「それがムカつくんだよっ! 聞きたくなるだろーがっ!」
その言葉に、瑠駆真がゆっくりと腕を解く。
「じゃあ、聞かせてもらおうか?」
右手の人差し指を唇に当て
「僕をさんざん責めたんだ。君なら、僕に関係のない事でも、ちゃんと話してくれるよな?」
「なっ」
「それとも何? 君は嘘つき?」
「ふっ ふざけるなっ」
「楽しみだな。君からどんな話が聞けるのか」
そう言いながら床に腰を下ろす瑠駆真。
なんでそうなるんだっ?
瞠目しながら引くに引けない立場の聡。横を見れば、美鶴が呆れたようにそっぽを向く。
自分で撒いた種なんだからね。
助け舟は期待できず。
うぐぐぅ
聡は両手を握り締め、菓子をバクリと口に放り込んだ。
俺、やっぱり瑠駆真って苦手だっ!
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